2017年08月05日

アメリカの思い出3

クビになった若者トミーは私の家の近所に住んでいましたので、ある日の仕事帰りに寄ってみることにしました。彼が辞めてから3週間ほど経った頃でした。彼にはルームシェアしている彼女がいました。同棲ではなく、あくまでもルームシェアです。案の定、家賃が払えなくなり彼女との関係が悪くなっていました。玄関口で私を迎えてくれた時、トミーはなんだかひどく疲れたような顔をしていて心配になりました。聞けば、体調を崩して暫く寝込んでいたのだとか。医者には行っていない様子でしたが、それは聞けませんでした。失業した彼には医療保険料を払えるはずもなく、医者にかかれないのは明白だったからです。彼は仕事が見つからず苛立っていました。痩せた頬からは、まともに食べれていない事が見てとれました。私は大した話も出来ず、気まずい空気を感じながら彼の家を離れました。

アメリカの医療保険制度は破綻しています。個人で高い保険料を払わなければなりません。大企業の勤め人以外は保険に加入していない人が多く、風邪をひいても我慢して働き続けます。何故なら有給休暇が殆どないからです。例えば産後のマタニティリーブでさえも、殆どの場合無給休暇となっています。兎に角、労働環境が良くないのです。Manager以上の肩書きがつかない限り、暮らしが楽になる事はまず無いと思います。しかし、従業員の殆どは出世が出来ません。入社した時のポシションのまま働き続けるのです。多少のインセンティブは得られたとしてもたかが知れています。Managerになりたかったら、○○大学の○○学科を卒業してきて下さいと言われます。完全な学歴社会です。俗に言う実力主義というのは、こういうことも包含しています。後は転職をして過去の業務履歴からより高いポシションで雇ってもらうしか出世はあり得ません。

ジェネラルモータースがトヨタにカイゼンを教えて欲しいと言ったことがありました。トヨタは指導しましたが、結果は失敗に終わりました。日本の会社では問題が起こると役職の垣根を越えて皆が問題解決に向けて取り組みます。ところがGMではトップは部下に問題解決の指示を出すだけでした。役職者と一般工が一緒に仕事に取り組むことはありません。食堂でさえも分けられていて、役職者はまるで待遇が違うのです。ここに既に身分の違いによる意識の差が生じています。これでは企業が意思統一をするのは困難です。欧米の研修では、よくチームビルディングというものに参加させられます。小グループに分かれ、与えられた目標を達成する為に全員で協力し合うというプログラムです。日本人にとっては、何故今更こんな簡単な事を研修しなければならないのか?と感じてしまう内容です。それほどアメリカの社会では皆がバラバラに動いてしまいます。アメリカは個性を大切にする国だなどと言います。しかし皆が自己主張を繰り返せばどうなるのか、答えは決まっています。

アメリカ市民の殆どは慎ましい暮らしをしています。金がなければ良い教育を受ける機会を得られず、優秀な大学に行く事は出来ません。大学に行けなければ雇用条件の良い企業に入る事は出来ません。何処かの国と非常に酷似しています。実はアメリカンドリームという言葉は、成功することがほぼゼロに近い状態を指して言う言葉です。アメリカに行けば大きく成功出来るというのは勘違いで、その意味とは真逆なのです。アメリカでは成功出来ない、だからドリームなのだという強烈な皮肉なのです。国民の1割だけが恵まれた生活を謳歌しています。後の9割はその日暮らしに近いようなギリギリの生活に喘いでいます。そして私もまた夢の無いアメリカでの暮らしに戸惑いを感じ始めていました。このまま遊園地でパレードの車を運転して人生が終わってしまうのだろうか…? LAに来てから3ヶ月が過ぎようとしていました。

続く
ラベル:アメリカ
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2017年08月04日

アメリカの思い出2

私の害虫駆除は成果を上げたので、California Disney Adventureの白人マネージャーの信頼を得て彼とはよく話をするようになりました。週末に自宅でのBBQに呼んで貰ったりもしました。来園するお客さんともよく喋りましたが、アメリカ人は基本的にのんびりしており気の良い人が多いように思います。早口で捲し立てる英語に最初は怯みますが、言っていることはなんという事もない簡単なことばかりです。アトラクションに列んでいる男性が「俺はアトランタでゴルフの会員権を売る会社に勤務してるんだよ。君は何処の出身なんだい?」と気軽に話しかけて来たりします。

しかし、一方でこの善良な市民達を雁字搦めに縛りつけているものがあります。それは州法です。CAの場合、オフィスには必ず基本的な雇用条件を掲示しなければなりません。平日の最低時給は幾らで、休祝日には何%アップ。有給休暇は何日で…。こんな事をいちいち書かねばならないのは米国が移民の国だからです。必ずしも皆が英語を理解してる訳ではない、という暗黙の認識があり、それが故にしつこいほどに文章で規定を提示するのです。特に契約書などは恐ろしい程の分厚さです。それをよく読むと凄い条項が含まれている事に気が付きます。「上司が気に入らない部下は理由の如何を問わずクビに出来る…」。

ある日、事務所に書類を届けに行くと何やら騒がしくモメていました。人事部のManagerがある若い白人男性に怒鳴りつけていました。「昨日の話だが、お前は解雇される事になった。30分以内に必要な物を持って出ていけ!残りは後で自宅に送る!」と。先日のBBQで親しげに何時でも遊びに来てくれよと言っていた人物が、今日は鬼の形相で人をクビにしていました。男性は泣きながら荷物をまとめていました。その後、警備員二人に連れられて出ていってしまいました。僅か一時間足らずの間に起こった出来事。自分にもいつかはこんな日が来るのかも知れないと感じました。

アメリカを筆頭に日本以外の国の人々は簡単には謝りません。どんなに自分が悪くても、それを認めようとはしません。それは契約社会の歪がそうさせているのです。直ぐにスミマセンを連発する日本人には考えられないことですが、一度謝ったら最後、ミスを認めたことになりクビにされても文句は言えないのです。失業率の高い国では、申し訳ありませんの一言が自分と家族の生活を脅かす結果をもたらすという訳です。

続く
ラベル:アメリカ
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2017年08月03日

アメリカの思い出1

アメリカでの思い出についてです。数回に分けてお話したいと思います。

私は映画が好きで、とにかく暇さえあれば映画館へ通っていました。学生時代にはレンタルビデオ店でアルバイトをしていましたが、それは無料で幾らでも映画を借りれたからです。そして東京福生の横田基地でアルバイトを始めたのも、元はと言えば基地内映画館の鑑賞料が2ドルだったからです。余談ですが、差額は日本の税金で賄われています。これあんまり知られていません。

そんな訳で必然的にアメリカ映画ばかりを観ることになり、次第にアメリカへの憧れを募らせていきました。非番の兵士達から聞く本国の話も刺激的でした。ロックやラップの歌詞からも多分に影響を受けました。いつかはアメリカで暮らしてみたい、そう思うようになったのです。

それから10年以上の時を経て、私はLAに移住しました。勿論なんの伝もないオリエントボーイにまともな仕事はありません。それでも何とかカリフォルニアディズニーランドでの案内係のアルバイトに就くことが出来ました。日本人ツアー客への案内やパレードの山車の運転、イベントの装飾、ありとあらゆる事をやらされました。毎日結構な拘束時間でしたが、若さ故かそんなことが楽しかったので苦にはなりませんでした。

ディズニーランドにはアトラクションのあちらこちらに秘密の従業員通路があります。ある日、白人の上司がそこから出てきて私を中へと呼びました。そしてモニター室へと連れて行きました。「おい、三番のモニターにコジキが映ってるだろ。フェンスの外から中に向かって何か叫んでる。お客の迷惑だから直ぐに排除しろ。やり方はお前に任せる!」と言われました。その日以来、私は害虫駆除係に任命されたのでした。

害虫はほぼ毎日のようにやって来ました。しかし、彼等は切実でした。「失業してもう数日間なにも口にしてないんだ。期限切れのパンを分けてくれないか?頼むよ!」。私は言葉を失いました。あの夢にまで観たロサンジェルス、しかも夢の国であるはずのディズニーランドで、何か異変が起きている。しかも一度や二度じゃない。一体どうなっているんだ?!それがアメリカの病んだ社会構造に気が付いたきっかけでした。

続く

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ラベル:アメリカ
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