2017年08月22日

蔵元のJIM BEAM

インドネシアで開催される南半球最大のジャズフェスティバル、Java JazzFestivalに毎年参加されているトレさんが、今回はロンボク島のジャズフェスに行かれるということで経由地のジャカルタにてお会いしました。

その時に持って来てくださったお土産がこれ。ライの配合率が高いジムビームで醸造所でしか販売されていないのではないか?とのことでした。アメリカで暮らしていたこともあるトレさんですが、販売店では見たことが無いそうです。通常のボトルのハーフサイズで値段は倍。つまり単純比較で4倍の値が付けられている代物です。

流通の有無はさておき、肝心の味の方ですがとてもまろやかで飲みやすくバーボン特有の変な癖がありません。これなら幾らでもいけそうです。飲んだ後も身体からの抜けがよく、全く残るようなことはありませんでした。日本でもどこかが輸入してそうですけどねえ。手に入らないものなんでしょうか?インドネシアでは恐らくどこにも売っていないと思います。

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2017年08月14日

グヌンパダン遺跡

義士庵の第100回放送でタマチンさんがご紹介しているグヌンパダン遺跡の写真です。


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ラベル:インドネシア
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2017年08月13日

ジャカルタの日本人女性 光と影

インドネシア富裕層の男達にとってそのステータスを飾るのは、大邸宅でもなければ自家用ジェット機でもない。それは日本人の妻を持つこと。昔から語り継がれ現代にも受け継がれる不思議な思想である。言うまでもなくインドネシア人にも素敵な女性は数え切れないほどいる筈だ。一体どのような面で日本人女性がそれ程までに評価されているのか、私には少し解せない感覚だ。

私は実際にインドネシア人の富豪に嫁いだ日本人女性に遭遇したことがある。その暮らしぶりは豪華絢爛というに相応しいもので、このような生き方もまた人生の選択肢にあるものなのかと感心させられた。仕事上で付き合いのあるインドネシア人の資産家Jに招待され訪問した邸宅では従者が何人も忙しく働いていた。庭師がホースの水を色取り取りの花壇に撒いている横を抜け進んでいくと、更に奥へと続く広大な敷地の中に巨大なプールが現れた。その中で子供達が私が来ていることを気にもとめず精一杯の大声をあげながらはしゃいでいた。

プールサイドには容姿端麗な女性が強い日差しを避けて木陰に佇んでいた。その人は日本人の奥方だった。非常に上品な話し方をされる方で、その身のこなしは水面に反射した午後の光のせいか目映いばかりに感ぜられた。上流階級の人々とはかくもあるものかと興味が尽きなかった。いつの間にか奥方に見惚れる私の様子にJはまんざらでもないような表情を見せた。彼女と出会ったことで僕は人生の運を使い果たしたよ、というと快活に笑い声をあげた。

その日の夜、私は自宅に戻ると近くの和食亭に腰を据えた。そこでは三十半ば過ぎ頃の日本人女性が息急き切ったようにあくせくと注文された料理と空いた皿を交互に運んでいた。この店のオーナーの奥さんだろうか…などと思ったのも束の間、すぐにテレビのサッカー中継に気を取られた。枝豆をポツリポツリと噛みながら食い入る様に画面を見ているとその女性が私に話しかけてきた。最近ジャカルタに来たの?茶色く草臥れた長い髪の間から覗き込むようにこちらへ満面の笑みが飛び込んできた。

少々面食らいながらも私は簡単に自己紹介をすると二杯目の焼酎を頼んだ。急に周りの客が帰り始め、その焼酎が運ばれてくる頃には店の中にいる客は私一人になっていた。女性の店員がビールを片手に私の前の席に腰を下ろした。「しつれいしまーす」。そして一気に飲み干すと勢いよくジョッキをテーブルの上に振り下ろした。ガンという鈍い音と同時に、「ふーっ、今日もなんとか生きてまーす!」と誰に言うともなく呟いた。

「なんとか、って何?どういうこと?」と少しばかりの好奇心が入り混じった私は暇潰しの代わりに尋ねてみた。すると少し宙を見上げてから女性は自分の経歴を語り始めた。インドネシアに来たのは大学時代に留学で。そのまま現地の企業に就職しインドネシア人の男性と恋に落ち、半ば勢いつけたように結婚。すぐに子供が出来た。ところが二人目の子供を産んだ頃から夫は全く働かなくなってしまった。今では夫の両親が子供の面倒を見ている間、この店で働きに出ているのだという。

どんなに頑張ってもインドネシア人の給料なんてたかが知れてるのよ。それでもね、真面目に働いて欲しかったの。でもダメね。彼の親まで私の稼ぎを当てにしてるんだから。子供が可愛いからこうして頑張ってるけど、なんでこうなっちゃったのかなって毎日考えちゃう。だから忙しくして何も考えない方がいいのよ。くよくよしちゃうからさ。そういうといつの間にか持ってきたオカワリのビールジョッキを口にぶつけるように運んだ。「だけどなんとか生きてまーす!」。

それから暫くして、その女性の事など忘れかけていたある日、和食亭でインドネシア人の男が暴れて警察に連行されたという噂を耳にした。男は半狂乱で何か叫びながら店の物を壊していたという。その事件以来、店のシャッターは降ろされたままになった。安くて美味しい店だったのに、と私は自分の都合だけをぼんやりと考えながらシャッターに貼り付けてある手書きの文字を目で追った。次週、新装開店!

翌週、開店したての店へと私は足を運んだ。ちょうど暖簾をかけようとしている店主に会った。久しぶりの再会に嬉しそうに応える店主に私は気まぐれに言葉を選ばず話しかけてしまった。「大変でしたね、何があったんですか?あ、いや、答えづらいですよねえ、すみません…」。すると店主は参ったという顔をしながら重そうに口を開いた。例の日本人女性が二人の子供を連れて日本へ夜逃げ同然に突然帰国してしまった。男は彼女の夫で、子供と食扶持の両方を失い自暴自棄になり店員に行き先を教えろと騒ぎ立てた、というのがことの顛末であった。

店は明るく内装が綺麗に一新されていた。以前のものと同じテレビを点けながら焼き鳥を注文した。画面には海外に住む日本人を紹介する番組が流れていた。私は富豪に嫁いだ日本人女性のことを思い出していた。そこへ今しがた注文を取ったウェイトレスが私のテーブルへ戻って来た。「あのー、スミマセン。ヤキトリは、塩ですか?タレですか?」。私はどちらにして良いものか、ずっと決められないでいた。

終り
ラベル:インドネシア
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2017年08月12日

フィリピンにド沈没してみた6

TVアニメ「宇宙戦艦ヤマト」に登場するデスラー総統というキャラクターがいる。肌の色が真っ青な上に金髪という出で立ちなのだが、子供心にそれはそれは恐ろしい、鳥肌の立つような恐怖心を抱いたものである。異形に対して人間の心理というものは絶対的な恐怖心を抽出するように出来ているのだと思う。今回は日本では体験しない異形について、そして海外での危険についてお話したい。

デスラーに抱いた幼少期の恐怖心を再び体験させられるような事件が起こった。とある真夏の昼下がり、マニラの豪奢なホテル「シャングリラ・マカティ」。一週間に渡るホテルでの会議で私は憔悴しきっていた。毎日の緊張感を張り巡らせた打合せ、そして連夜の食事会が原因で疲労と心労が折り重なり体力の限界を迎えようとしていた。相手は190pを超えるドイツ人のビジネスマン達だった。彼らの重戦車のような体力にはとてもじゃないが敵わない。

睡眠が少ないところに多量のアルコール摂取。半ば倒れそうになりながら週末を迎えたのだが、土曜日に何もすることが無い彼らは「観光に行きたい」と言い出した。そんな暇があるなら帰国しろと叫びたくなる気持ちをどうにか呑み込むと、ルソン島南部のタガイタイへのミニバスをチャーターした。火山によるカルデラ湖を中心としたタガイタイは風光明媚な避暑地として有名でフィリピンの富裕層がこぞって別荘を建てているような場所である。

一路タガイタイへと向かうドイツ人と日本人の一行。都会に横たわるスクワッター街の喧騒が車窓を流れていく。やがてハイウェイに乗ると豊かな緑が高架道路の左右に現われた。仕事を一段落終えた一行にとって緑地帯は精神的な休息を与えてくれた。やがて車はカルデラ湖へと続く坂道へ出るため高速道路を下りて行くとパイナップル畑が目の前に広がった。一行は歓声をあげると窓の外の景色に釘付けになった。

徐々に坂道を登っていく。すると途中で果物売りの屋台が現われ始めた。その幾つかをやり過ごすと更に奥に多数の屋台が連なっている場所が見えてきた。「タコラさん、あの果物屋に寄ってみたいんだが…」とドイツ人。私は運転手に車を止めるように指示すると一行は屋台の前へと降りて行った。目に美しい南洋果実の華やかな色。パイナップル、マンゴー、パパイヤ、バナナ、スターフルーツ…。物価の高いドイツから来た彼らにとってはどれも二束三文の安さで並んでいる。

屋台から小汚い婆さんが出てきた。「好きなものを食べてみておくれ!」というと果物ナイフを差し出した。ところが、その刃が全て茶色に錆びていたのだ。私は少々危なさを覚えたのだが、大らかなドイツ人達は全く意に介しない。そのままそのナイフを手に取るとザクザクと果物を切り好きなものを食べ始めた。私は傍観するのみで果物は口にしないでいた。ところが婆さんがカットしたパイナップルを差し出してきたのだ。

私が躊躇しているとドイツ人連中が「無茶苦茶美味しいですよ、食べてみて下さい!」と口々に言う。お客の言葉を無下に断る訳にはいかない。どうにでもなれ、と谷底に飛び込む気持ちでパイナップルを口に入れた。甘酸っぱい濃厚な果実の味が口に拡がる。確かにこれは美味い。美味いのだが、どうしてもあの錆びたナイフが気になって仕方がなかった。炎天下で果物の果汁を吸った刃には夥しい数の細菌が繁殖しているに違いない…。私は猜疑心が強いため余計な想像が次から次へと湧き起こってしまうのだ。

一行はカルデラ湖を満喫した後、再びホテルへと戻っていった。私は漸くゲルマン人達から解放され自宅のソファーに横たわるとそのまま眠りこんでしまった。暫く眠った後、目を覚ますと外はすっかり暗くなっていた。もう19時を回っている。食事を摂らなければ…。今日はもう疲れてしまい自炊する気力はない。顔を洗うと近くのワインバーへと歩いていった。疲れた時はハムとチーズを肴に白ワインをやることに決めている。

キンキンにひやしたシャブリを口に含むと安堵感が喉元に拡がって行った。ああ、今週は忙しかった…。ボンヤリと店の天井から吊るされたモニターのサッカーなどを観ていた。すると突然、まるでゼロ戦が急降下するように下腹部に異変を感じたのだ。うわっ、ついに恐れていたことが起こったのか?! 店のトイレは水道管故障で使えないという。仕方なく勘定を済ませると私は自宅へと走っていった。しかしこの痛み方は普通じゃない。走る度に変なところから汗が滴り落ちてくるのだ。

自宅の扉をぶち破るようにして開けるとトイレへ一目散に向かっていった。タッチダウンと同時に轟音が響いた。涙まで出てきた。ああ、やっぱりあのナイフのせいで中ってしまったんだ。後悔は尽きない。あの一口を断ってさえいればこんなことにはならなかったのに…。ズガッ、ドガッ、ズドドドド!! 轟音は尚も響き渡り続ける。人生最悪の時である。しかし、この直後に私は恐ろしい体験をすることになる。落ち着きを取り戻し、水を流そうと立ち上がった時に事件は起こった。

雲固が『青緑色』なのだ、ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!一体これは?! 私は茫然と立ち尽くしながら便器の中を覗き込んでいた。なんじゃこりゃ?! 頭がパニック状態に陥る。もしかしてこれは恐ろしい病気なのではないだろうか。いや、何か寄生虫のようなものが腹の中に巣食っているのかも。しかも何メートルもあるような…。いやいや、もしかしたら日本には知られていない奇病なのかも。いや、もしかしたら内臓に穴が開いているのかも。恐ろしい想像が次から次へと頭に浮かぶ。

それから後は七転八倒の苦しみだった。腹部、それも胃に近い辺りにドラゴンボールで言うカメハメ波のようなものが膨らんでいく。内側から押される痛みが走るのだ。痛みは徐々に大きくなりトイレに駆け込むと、おぞましいほどの水下痢となってカメハメ派が発射されるのだ。ズゴーン、ドドドドドド。ようやく落ち着くと部屋に戻る。すると再び小さなカメハメ派が出来始めキリキリと胃を痛めつけ始める。やがて痛みが大きくなり、「カ〜メ〜ハ〜メ〜波ッ!!」ズキューン、ドドドドドの繰り返しだ。

そこに当時付き合っていた彼女がやってきた。私の状況を知るや否や薬を買いに行くから金をくれと言った。「薬なら日本のやつを飲んでるよ」と言うと「フィリピンの病気にはフィリピン製の薬の方が効くのよ」と言うやいなや私の財布から100ペソ札を数枚取り出すとそのまま薬局へと走って行った。暫くするとゲータレードの大きなボトルを抱えて帰ってきた。イモジウムという薬のカプセルを渡された。ゲータレードで飲めという。こいつ本当に大丈夫なのか?

しかし彼女は今までに見たことが無いような剣幕で言うとおりにしろと捲し立てている。普段は優しい彼女のこんな慌てた姿を見て、私はまたもや自分の意志の弱さを感じつつカプセルをゲータレードで流し込んだ。そうか、俺は女に言われると逆らえない性質なんだ…。やがてまた深い眠りに落ちて行った。そのまま何時間経過したのかわからない。気が付くとソファーで彼女に膝枕をされていた。優に4時間は経過している。その間中、彼女はずっとこの姿勢で私の様子を見てくれていたのか…。

献身的な介護、う〜ん、泣けてくる。これだからフィリピーナは可愛いよなあ。しかも若くて可愛い女の膝枕でずっと寝てたなんて、グフフフ、ん?! ふと気が付いたのだが、胃の痛みが全くない。トイレに行っても大分マシな状況になっていた。彼女が施してくれた治療は正しかったのだ。その後はウソのように回復してしまい、翌日にはまるで何も無かったかのように元気になった。一体どういうことなのだろう。取り敢えず念のため医者に行ってみることにした。

ドクターによると私はどうも細菌性の食中毒に中っていたらしい。イモジウムというのはアメリカの薬で痛み止めと細菌を死滅させる効果があるそうだ。また排尿や排便増加で細菌を体外へ出してしまうことも重要で、ゲータレードは利尿薬の代わりになるということだった。ドクターは整腸剤としてビオフェルミンを薬局で貰うよう私に指示すると「君の恋人は今回は冷静に正しい判断をした。しかし素人の判断は危険だよ。鵜呑みにしないように!」と言った。

この事件を通して「風土病に対してはその土地の治療を施せ」と感じた。そしてその情報は土地の人の経験や知恵によってもたらされる。バックパッカーにとって海外旅行傷害保険は必須だ。しかし、それを入手したからと言って安心は出来ない。酷い状態になった時に必ずしも医者が近くにいるとは限らないのだから。期せずして私は女性の機転の良さに助けられた。しかし、もしこれが違う病気で、間違った治療の指示であったら、私はあっさりと命を落としていたかもしれない。つまり海外では「正しい情報を手に入れる術を身につけること」が最重要であるということである。海外での危険とはテロや紛争だけではない。「病気」という要素があることを忘れてはならない。

<終わり>

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ラベル:フィリピン
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2017年08月11日

フィリピンにド沈没してみた5

フィリピン人女性の美しさは特筆するに値する。スペイン、中国、米国、日本と様々な人種の往来を経て混血が進んでいるからだ。エキゾチックな愛らしい顔に手脚がスラッと長く骨盤の張ったメリハリのある身体。男達は釘付けになってしまう。少し前に日本で大人気だったアイドルタレントのリアディゾンもフランス人とフィリピン人のハーフだ。

東南アジアの中にあってフィリピンには独特のラテン気質があり人々は底抜けに明るい。女性達も非常に情熱的で我が儘でプライドが高い。その反面、誰にでもフランクに接する可愛らしい面も備えている。最初は観光でやってきた外国人達も彼女達にハマってしまい気が付くと長期滞在してしまう。日本人も例外ではない。ん?誰のことだ?(笑)

そのせいなのだろうか。フィリピンでは様々な女性絡みの犯罪が報告されている。いつの時代も事件は男と女の噂、とは良く言ったものである。美人局(つつもたせ)や結婚詐欺など古典的なものから全く未知の手法まで、長年に渡り滞在したマニラで私自身が直接見聞きした事件を紹介したいと思う。当時の被害者、関係者に迷惑のかからぬよう多少変更させて頂いた部分があるのだが予めご了承頂きたい。

友人のD氏(29歳、男性)は休暇を利用して日本から私に会いに来てくれた。私は日中仕事があるためD氏は夜まで一人で過ごすことになった。フィリピンが初めてだったD氏に私は幾つかの安全と思われる場所を紹介した。私の帰宅までその辺りをぶらついて時間を潰すように依頼した。D氏はそのうちの一つ、マニラ湾にほど近い「ハリソンプラザ」へ行くことにした。庶民的な店が並ぶショッピングモールである。

コピーDVDショップや携帯電話の改造屋などそれまで見たことが無い怪しげな店の数々に彼は興奮した。全てが珍しく面白い。モールは広くエアコンの効きがあまり良くないため歩き回るとすぐに喉の渇きを覚えた。モール内のスーパーで水を買いベンチで休憩していると若くて可愛らしい女性二人組が話かけてきた。”Your shoes are so cool!! Where did you find them?”(貴方の靴、超カッコいいわね!!どこで見つけたの??)。英語が得意でないD氏は困惑していると「アナター、ニホンジンデスカ?ソノクツ、トテモ、カッコイイネ!」と片言の日本語が飛び出した。

「ワタシ、ニホン、イッタコトアルヨ。ナツカシーネ。モット、ニホンノコト、シリタイヨー。」女性二人組はD氏を挟むように彼の両隣に腰をおろした。そして「ウワー、アナター、トケイモ、カッコイイネー。ファッショニスタヨ、アナタ!」とD氏の左腕に両手を絡めて手首の辺りを触ってきた。D氏は流石に狼狽えたのだが、可愛らしい女性達に密着されて悪い気はしなかった。

「ネエ、アナター、ナマエワー?イッショニ、バーデノムノム、コレカラドデースカ?」人生初の逆ナンパである。異国の地でエキゾチックな女性達にモテモテなD氏はこのおかしな状況を都合の良いように解釈し始めた。俺の顔ってフィリピン人女性達には男前に受け取られるのかな…?思考が壊れ始めている。どうせ夜まで暇だし、こんな可愛らしい二人だから悪いようにはされないだろう。ちょっと飲み代集られたって物価が低いから知れてるし。それにこんな美人達とだったら少し高くたって良いや。D氏は飲みに行く誘いを承諾してしまった。

彼女達の案内でタクシーに乗り込みバーに向かった。するとバーとは似ても似つかない民家の並ぶ一帯で車は止まった。「バー、マダアイテナイヨー、ワタシノウチデノムノムシマショ♪」と女性達。D氏は言われるがままに彼女達のアパートへ入っていった。階段を4階まで昇ると小さな一室に案内された。少々不安な気持ちになってきたが好奇心の方が勝り中へと入っていった。部屋は6畳ほどでベッドが一台置かれていた。他には扇風機と冷蔵庫、テレビが一台ずつ置かれていた。これが若い女性の部屋なのだろうか?貧しいから部屋の装飾などにお金がかけられないのだろうか。D氏はそこが彼女達の部屋だと信じ切って疑いもしなかった。

冷蔵庫からビールを取り出すと女性達はグラスに注ぎ始めた。ベッドの上に3人で座り乾杯した。しかし全く冷えていなかった。「ヌルいなあ」とD氏が漏らすと、一人の女性が”Oh, I will get some ice cubes for you!”と言って出かけてしまった。D氏はもう一人の女性と部屋に二人きりである。するとその女性がテレビのスイッチを入れMTVにチャンネルを合わせると音楽を大音量で流し始めた。「ワタシ、ニホンデ、ダンサーシテタ。オドリ、スゴイヨー!」と言うや否やベッドの上でクネクネと踊り始めたのだ。

D氏は面喰ったがフィリピン人女性のラテン気質とはこんなものかとすっかり魅了されてしまった。すると女性はセクシーなポーズを取りながら一枚ずつ服を脱ぎ始めた。D氏は流石に慌てたが突然のこの状況にどうして良いかわからず成す術もなくただ唖然として座り込んだままでいた。やがて女性は下着だけの姿になった。そしてカーテンを閉めるとゆっくりとD氏の服を脱がせ始めたのだ。

こ、これは一体?! 女性はD氏のシャツを剥ぎ取るとベッドの下へ荒々しく投げ捨てた。そしてベルトに手をかけるとズボンを脱しにかかった。あ、まずい! D氏はズボンを脱がされまいと手で押えたのだが、女性は構わずD氏の上に跨り馬乗りになった。そして女性の手がD氏の局部を弄り始めた。こうなってしまうともう抵抗など出来ない。D氏は思い切って成り行きに任せて見ることにした。

女性はズボンを脱がすと先ほどと同じようにベッドの下へと放り投げた。大音量の音楽が流れる中で女性はD氏にキスし始めた。激しく絡み合う二人。D氏は夢見心地になった。なんてこった、フィリピンに来てこんな展開になるなんて…。今までの人生で女性にモテたことなど一度もなかったが、俺にも運が向いて来たかもしれない。そんな風に思いながらD氏はこれから起こるであろうことを想像して頭がいっぱいになっていた。やがて女性はテレビを消すと裸になりベッドの中へと潜りこんでいった。

D氏は無我夢中でベッドの中へと同じように潜りこんでいった。すると女性が苦渋に満ちた表情を見せて訴えた。「イタイ!」驚くD氏。「ワタシ、オナカイタイヨ…」うずくまる女性。そこへもう一人の女性が買い物から帰ってきた。扉を開けるとD氏に向かって大声で叫んだ。”What?! Hey, you! What are you doing?!” 慌てふためくD氏。女性はなおも大声で叫び続けた。”Help! Help!” これはまずいことになってしまった。D氏は慌てて服を拾うと部屋の外へ飛び出し階段を駆け下りていった。道路へ出るとタクシーをつかまえて自分のホテルへと逃げ出していった。

ちょうどその頃、私は昼食を終えて午後の作業に取り掛かっている最中だった。携帯電話が鳴った。声の主はD氏が宿泊しているホテルのマネージャーだった。「〇〇ホテルの者ですが…。貴方のご友人とおっしゃる方がタクシー代を払えずホテルの前でドライバーと揉めているのです。もしお知り合いの方でしたらお話して頂けませんでしょうか?」私は訳がわからず電話を持ったまま立ち尽くしていた。するとD氏の慌てた声が聞こえた。「ごめん、有り金全部盗まれちゃったんだよ!ちょっと助けてくれないか?!」。

上司に事情を話すと私はD氏のホテルへと向かった。ホテルの玄関でタクシードライバーに運賃と少しのチップを渡すとD氏を連れて彼の部屋へと入っていった。D氏はなかなか事情を話そうとしなかったのだが、少しずつ自分に起こったことについて記憶を辿りながら話し始めた。モールに行ったこと、女性にあいアパートまで行ったこと、そのうちの一人と交わりそうになったこと、そしてそこから逃げてきたこと。

私はD氏が落ち着いたのを見計らって職場へと戻った。遅れた仕事をこなしながら同僚達にD氏の話をした。すると皆が一斉に笑い始めた。「わははは、そりゃあ、典型的な詐欺の手口ですぜ。最初から最後まで作戦どおりですよ。そのアパートにはきっと誰も住んでませんぜ。友達が女と交わってる間にベッドの下で待ってた他の仲間が服から金を全部抜き取ったんですよ。で、作業が終わったタイミングでもう一人の女に携帯で合図して部屋に戻らせて友達が慌てるように大声で叫んだんですよ。」

なんとも巧妙なハニートラップである。絶妙なチームワークによる完璧な作戦だ。もし自分が同じ目に遭遇したらどうしたであろうか。美女達の誘いを断ることが出来たであろうか。自分も男だけに被害者にならないとは言い切れない。フィリピンでは典型的な手口なのかもしれないが、初めて仕掛けられた者にとっては全く展開が予想出来ない。気を付けなければ明日は我が身である。

ちなみにD氏だが被害額はおよそ10万円であった。大金である。それでも「あんな可愛い人と楽しいこと出来たんだから、お金が無くなったのは痛いけどそれはそれで良いかなとも思う」とのコメントを残して日本へ帰って行った。まったく、馬鹿に付ける薬は無い…。こんな奴がいるからハニートラップは無くならないのだ。きっとどこかでまた新たな罠がしかけられ、気を緩めた旅行者が餌食になるのである。

<続く>
ラベル:フィリピン
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