2017年07月14日

アメリカへの憧憬

映画アメリカングラフィティーを観て以来、北米を車で旅する事は私の夢になりました。やがてギターを弾くようになるとBluesにハマって行きました。Robert Johnsonが魂と引換えにギターの腕を悪魔から授けられたというCross Road。南部の綿花畑で重労働を強いられた黒人奴隷の歴史。そんなものまでが加わって、私のアメリカへの憧憬は強くなるばかりでした。いつかあの風景の中に身を置きたい…。

二十歳の頃には横田基地で働き始めました。基地=base campの中には外からは見えないアメリカがありました。映画館、スーパー、ジム、書店、幼稚園から大学まで、そこはまるでニュージャージーの郊外の町のようでした。その中にある当時はまだ日本に上陸していなかったBurger Kingで兵士を相手にWapperを売っていました。この時に一番言葉を覚えたかもしれません。仕事から帰っても家では常にFENをつけっ放しにしていました。

やがて海外放浪を始め、その旅路の果てにLAのAnaheimに住むようになりました。そこではDisney Worldでのパートタイムの職を得て日々慎ましく暮らしました。贅沢などまるで出来ず、憧れていたはずのダイナースでの食事は全く口に合いませんでした。月に一度和食店で食べることが唯一の贅沢でした。

こんな暮らしはいつまでも続けられない…。オリエント=東洋人が出来る仕事は最下層のものしかありませんでした。この時のことがきっかけとなり、私は海外で如何に条件の良い仕事を見つけるかという事を考えるようになります。やがて東南アジアへと生活の拠点をシフトさせて行きました。

昨晩、家の周囲を散歩していました。ふと気がつくと道路沿いにはYoshionoya Restaurantのネオンが夜の闇の中で輝いていました。アメリカングラフィティーの風景は、南半球のインドネシアに取って代わられてしまいました。憧れだけでこんなところまで来てしまった。そう思ったら何だか自分のこれまでの日々が滑稽に思えてなりませんでした。そしてまだまだ旅は続くのだと思います。

image.jpeg
posted by ランボルギーニ・タコラ at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/451765375

この記事へのトラックバック