2015年09月10日

フェイスブックと誕生日

昨日、フェイスブックの友人達から一斉に「誕生日おめでとう」のメッセージが殺到した。フェイスブックには元々いい加減な情報しか登録していなかったので、こちらは何事かと焦ってしまった。フェイスブックはタダで人の情報を取ってしまうだけではなく、勝手に他人に伝えてしまうというトンデモナイWEBサイトなのだ。誕生日というのは実は非常に高度な情報で、これによって何がわかるのかと言うと…、うーん、ここでは書けないほど恐ろしく多くの事が分かり、その結果として行動まで予測されてしまうのだ。という訳で私はフェイスブックには一つしか本当のことを書いていない。それは、男である、ということだ。

誕生日を日本で初めて祝ったのは織田信長と言われている。彼は蘭学に興味があり、キリスト教のイエス・キリストに倣って自分の誕生日をお祝いさせることを部下に指令したと言われている。では、そのキリスト教でそんな習慣があるのかというと、それはクリスマスデーのことなのだ。みんながあまりにもエロい事ばかり考えるので、忘れていたのではないだろうか?他宗教の他人の誕生日にプレゼントを交換したりホテル行ったり、日本人の右へ倣えには一億総中流的な恥ずかしさを感じる。あの人がやってるんだから、理由はどうあれ私も…的なバカバカしさだ。

東南アジアを見回すと、3歳、7歳、17歳(或いは18歳)を祝う習慣がほうぼうで見られる。日本にも七五三があるのだが、元来の意味は「今日までよくぞ生き長らえました」ということを祝うものだ。昔はそれほど子供の生存率は低かったということだ。特に疫病の蔓延が深刻だった欧州では尚更のことであったと思う。イエス・キリスト生誕祭に倣って、誕生日を祝う風習は欧州でも自然に広まって行ったことだろう。

ところで、ASEANでは誕生日の人が日頃付き合いのある人達に料理などを振舞う習慣がある。マニラで友人達が高そうなレストランで私の誕生会を開催してくれた時には感激したのだが、最後に伝票が回って来た時にはそれ迄の感謝の念が集り共への殺意に一瞬で変わったのを今でもよく覚えている。以来、誕生日というと嫌なイメージしか持ち合わせていない。

他にも、この話も例によってマニラだが、ある女性が私の誕生日に食事に行こうと誘ってくれた。その後、流れでホテルにシケこんだまでは良かった。しかし、いざという場面になりコンドームを着ける着けないで揉めに揉めた。実は着けることを主張したのは私の方だった。女の方は何故そんな物が要るのか?と私を責めたてた。愛が無いのか?とまで言われた。しかし、相手がこの後に身籠ったから金よこせと言ってくる作戦に出ようとしてるのは容易に想像ができた。そんな手にはのらないぜ。以来、誕生日というと嫌なイメージしか持ち合わせていない。

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タグ:フィリピン
posted by ランボルギーニ・タコラ at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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