2017年08月13日

ジャカルタの日本人女性 光と影

インドネシア富裕層の男達にとってそのステータスを飾るのは、大邸宅でもなければ自家用ジェット機でもない。それは日本人の妻を持つこと。昔から語り継がれ現代にも受け継がれる不思議な思想である。言うまでもなくインドネシア人にも素敵な女性は数え切れないほどいる筈だ。一体どのような面で日本人女性がそれ程までに評価されているのか、私には少し解せない感覚だ。

私は実際にインドネシア人の富豪に嫁いだ日本人女性に遭遇したことがある。その暮らしぶりは豪華絢爛というに相応しいもので、このような生き方もまた人生の選択肢にあるものなのかと感心させられた。仕事上で付き合いのあるインドネシア人の資産家Jに招待され訪問した邸宅では従者が何人も忙しく働いていた。庭師がホースの水を色取り取りの花壇に撒いている横を抜け進んでいくと、更に奥へと続く広大な敷地の中に巨大なプールが現れた。その中で子供達が私が来ていることを気にもとめず精一杯の大声をあげながらはしゃいでいた。

プールサイドには容姿端麗な女性が強い日差しを避けて木陰に佇んでいた。その人は日本人の奥方だった。非常に上品な話し方をされる方で、その身のこなしは水面に反射した午後の光のせいか目映いばかりに感ぜられた。上流階級の人々とはかくもあるものかと興味が尽きなかった。いつの間にか奥方に見惚れる私の様子にJはまんざらでもないような表情を見せた。彼女と出会ったことで僕は人生の運を使い果たしたよ、というと快活に笑い声をあげた。

その日の夜、私は自宅に戻ると近くの和食亭に腰を据えた。そこでは三十半ば過ぎ頃の日本人女性が息急き切ったようにあくせくと注文された料理と空いた皿を交互に運んでいた。この店のオーナーの奥さんだろうか…などと思ったのも束の間、すぐにテレビのサッカー中継に気を取られた。枝豆をポツリポツリと噛みながら食い入る様に画面を見ているとその女性が私に話しかけてきた。最近ジャカルタに来たの?茶色く草臥れた長い髪の間から覗き込むようにこちらへ満面の笑みが飛び込んできた。

少々面食らいながらも私は簡単に自己紹介をすると二杯目の焼酎を頼んだ。急に周りの客が帰り始め、その焼酎が運ばれてくる頃には店の中にいる客は私一人になっていた。女性の店員がビールを片手に私の前の席に腰を下ろした。「しつれいしまーす」。そして一気に飲み干すと勢いよくジョッキをテーブルの上に振り下ろした。ガンという鈍い音と同時に、「ふーっ、今日もなんとか生きてまーす!」と誰に言うともなく呟いた。

「なんとか、って何?どういうこと?」と少しばかりの好奇心が入り混じった私は暇潰しの代わりに尋ねてみた。すると少し宙を見上げてから女性は自分の経歴を語り始めた。インドネシアに来たのは大学時代に留学で。そのまま現地の企業に就職しインドネシア人の男性と恋に落ち、半ば勢いつけたように結婚。すぐに子供が出来た。ところが二人目の子供を産んだ頃から夫は全く働かなくなってしまった。今では夫の両親が子供の面倒を見ている間、この店で働きに出ているのだという。

どんなに頑張ってもインドネシア人の給料なんてたかが知れてるのよ。それでもね、真面目に働いて欲しかったの。でもダメね。彼の親まで私の稼ぎを当てにしてるんだから。子供が可愛いからこうして頑張ってるけど、なんでこうなっちゃったのかなって毎日考えちゃう。だから忙しくして何も考えない方がいいのよ。くよくよしちゃうからさ。そういうといつの間にか持ってきたオカワリのビールジョッキを口にぶつけるように運んだ。「だけどなんとか生きてまーす!」。

それから暫くして、その女性の事など忘れかけていたある日、和食亭でインドネシア人の男が暴れて警察に連行されたという噂を耳にした。男は半狂乱で何か叫びながら店の物を壊していたという。その事件以来、店のシャッターは降ろされたままになった。安くて美味しい店だったのに、と私は自分の都合だけをぼんやりと考えながらシャッターに貼り付けてある手書きの文字を目で追った。次週、新装開店!

翌週、開店したての店へと私は足を運んだ。ちょうど暖簾をかけようとしている店主に会った。久しぶりの再会に嬉しそうに応える店主に私は気まぐれに言葉を選ばず話しかけてしまった。「大変でしたね、何があったんですか?あ、いや、答えづらいですよねえ、すみません…」。すると店主は参ったという顔をしながら重そうに口を開いた。例の日本人女性が二人の子供を連れて日本へ夜逃げ同然に突然帰国してしまった。男は彼女の夫で、子供と食扶持の両方を失い自暴自棄になり店員に行き先を教えろと騒ぎ立てた、というのがことの顛末であった。

店は明るく内装が綺麗に一新されていた。以前のものと同じテレビを点けながら焼き鳥を注文した。画面には海外に住む日本人を紹介する番組が流れていた。私は富豪に嫁いだ日本人女性のことを思い出していた。そこへ今しがた注文を取ったウェイトレスが私のテーブルへ戻って来た。「あのー、スミマセン。ヤキトリは、塩ですか?タレですか?」。私はどちらにして良いものか、ずっと決められないでいた。

終り
ラベル:インドネシア
posted by ランボルギーニ・タコラ at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする