2017年08月12日

フィリピンにド沈没してみた6

TVアニメ「宇宙戦艦ヤマト」に登場するデスラー総統というキャラクターがいる。肌の色が真っ青な上に金髪という出で立ちなのだが、子供心にそれはそれは恐ろしい、鳥肌の立つような恐怖心を抱いたものである。異形に対して人間の心理というものは絶対的な恐怖心を抽出するように出来ているのだと思う。今回は日本では体験しない異形について、そして海外での危険についてお話したい。

デスラーに抱いた幼少期の恐怖心を再び体験させられるような事件が起こった。とある真夏の昼下がり、マニラの豪奢なホテル「シャングリラ・マカティ」。一週間に渡るホテルでの会議で私は憔悴しきっていた。毎日の緊張感を張り巡らせた打合せ、そして連夜の食事会が原因で疲労と心労が折り重なり体力の限界を迎えようとしていた。相手は190pを超えるドイツ人のビジネスマン達だった。彼らの重戦車のような体力にはとてもじゃないが敵わない。

睡眠が少ないところに多量のアルコール摂取。半ば倒れそうになりながら週末を迎えたのだが、土曜日に何もすることが無い彼らは「観光に行きたい」と言い出した。そんな暇があるなら帰国しろと叫びたくなる気持ちをどうにか呑み込むと、ルソン島南部のタガイタイへのミニバスをチャーターした。火山によるカルデラ湖を中心としたタガイタイは風光明媚な避暑地として有名でフィリピンの富裕層がこぞって別荘を建てているような場所である。

一路タガイタイへと向かうドイツ人と日本人の一行。都会に横たわるスクワッター街の喧騒が車窓を流れていく。やがてハイウェイに乗ると豊かな緑が高架道路の左右に現われた。仕事を一段落終えた一行にとって緑地帯は精神的な休息を与えてくれた。やがて車はカルデラ湖へと続く坂道へ出るため高速道路を下りて行くとパイナップル畑が目の前に広がった。一行は歓声をあげると窓の外の景色に釘付けになった。

徐々に坂道を登っていく。すると途中で果物売りの屋台が現われ始めた。その幾つかをやり過ごすと更に奥に多数の屋台が連なっている場所が見えてきた。「タコラさん、あの果物屋に寄ってみたいんだが…」とドイツ人。私は運転手に車を止めるように指示すると一行は屋台の前へと降りて行った。目に美しい南洋果実の華やかな色。パイナップル、マンゴー、パパイヤ、バナナ、スターフルーツ…。物価の高いドイツから来た彼らにとってはどれも二束三文の安さで並んでいる。

屋台から小汚い婆さんが出てきた。「好きなものを食べてみておくれ!」というと果物ナイフを差し出した。ところが、その刃が全て茶色に錆びていたのだ。私は少々危なさを覚えたのだが、大らかなドイツ人達は全く意に介しない。そのままそのナイフを手に取るとザクザクと果物を切り好きなものを食べ始めた。私は傍観するのみで果物は口にしないでいた。ところが婆さんがカットしたパイナップルを差し出してきたのだ。

私が躊躇しているとドイツ人連中が「無茶苦茶美味しいですよ、食べてみて下さい!」と口々に言う。お客の言葉を無下に断る訳にはいかない。どうにでもなれ、と谷底に飛び込む気持ちでパイナップルを口に入れた。甘酸っぱい濃厚な果実の味が口に拡がる。確かにこれは美味い。美味いのだが、どうしてもあの錆びたナイフが気になって仕方がなかった。炎天下で果物の果汁を吸った刃には夥しい数の細菌が繁殖しているに違いない…。私は猜疑心が強いため余計な想像が次から次へと湧き起こってしまうのだ。

一行はカルデラ湖を満喫した後、再びホテルへと戻っていった。私は漸くゲルマン人達から解放され自宅のソファーに横たわるとそのまま眠りこんでしまった。暫く眠った後、目を覚ますと外はすっかり暗くなっていた。もう19時を回っている。食事を摂らなければ…。今日はもう疲れてしまい自炊する気力はない。顔を洗うと近くのワインバーへと歩いていった。疲れた時はハムとチーズを肴に白ワインをやることに決めている。

キンキンにひやしたシャブリを口に含むと安堵感が喉元に拡がって行った。ああ、今週は忙しかった…。ボンヤリと店の天井から吊るされたモニターのサッカーなどを観ていた。すると突然、まるでゼロ戦が急降下するように下腹部に異変を感じたのだ。うわっ、ついに恐れていたことが起こったのか?! 店のトイレは水道管故障で使えないという。仕方なく勘定を済ませると私は自宅へと走っていった。しかしこの痛み方は普通じゃない。走る度に変なところから汗が滴り落ちてくるのだ。

自宅の扉をぶち破るようにして開けるとトイレへ一目散に向かっていった。タッチダウンと同時に轟音が響いた。涙まで出てきた。ああ、やっぱりあのナイフのせいで中ってしまったんだ。後悔は尽きない。あの一口を断ってさえいればこんなことにはならなかったのに…。ズガッ、ドガッ、ズドドドド!! 轟音は尚も響き渡り続ける。人生最悪の時である。しかし、この直後に私は恐ろしい体験をすることになる。落ち着きを取り戻し、水を流そうと立ち上がった時に事件は起こった。

雲固が『青緑色』なのだ、ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!一体これは?! 私は茫然と立ち尽くしながら便器の中を覗き込んでいた。なんじゃこりゃ?! 頭がパニック状態に陥る。もしかしてこれは恐ろしい病気なのではないだろうか。いや、何か寄生虫のようなものが腹の中に巣食っているのかも。しかも何メートルもあるような…。いやいや、もしかしたら日本には知られていない奇病なのかも。いや、もしかしたら内臓に穴が開いているのかも。恐ろしい想像が次から次へと頭に浮かぶ。

それから後は七転八倒の苦しみだった。腹部、それも胃に近い辺りにドラゴンボールで言うカメハメ波のようなものが膨らんでいく。内側から押される痛みが走るのだ。痛みは徐々に大きくなりトイレに駆け込むと、おぞましいほどの水下痢となってカメハメ派が発射されるのだ。ズゴーン、ドドドドドド。ようやく落ち着くと部屋に戻る。すると再び小さなカメハメ派が出来始めキリキリと胃を痛めつけ始める。やがて痛みが大きくなり、「カ〜メ〜ハ〜メ〜波ッ!!」ズキューン、ドドドドドの繰り返しだ。

そこに当時付き合っていた彼女がやってきた。私の状況を知るや否や薬を買いに行くから金をくれと言った。「薬なら日本のやつを飲んでるよ」と言うと「フィリピンの病気にはフィリピン製の薬の方が効くのよ」と言うやいなや私の財布から100ペソ札を数枚取り出すとそのまま薬局へと走って行った。暫くするとゲータレードの大きなボトルを抱えて帰ってきた。イモジウムという薬のカプセルを渡された。ゲータレードで飲めという。こいつ本当に大丈夫なのか?

しかし彼女は今までに見たことが無いような剣幕で言うとおりにしろと捲し立てている。普段は優しい彼女のこんな慌てた姿を見て、私はまたもや自分の意志の弱さを感じつつカプセルをゲータレードで流し込んだ。そうか、俺は女に言われると逆らえない性質なんだ…。やがてまた深い眠りに落ちて行った。そのまま何時間経過したのかわからない。気が付くとソファーで彼女に膝枕をされていた。優に4時間は経過している。その間中、彼女はずっとこの姿勢で私の様子を見てくれていたのか…。

献身的な介護、う〜ん、泣けてくる。これだからフィリピーナは可愛いよなあ。しかも若くて可愛い女の膝枕でずっと寝てたなんて、グフフフ、ん?! ふと気が付いたのだが、胃の痛みが全くない。トイレに行っても大分マシな状況になっていた。彼女が施してくれた治療は正しかったのだ。その後はウソのように回復してしまい、翌日にはまるで何も無かったかのように元気になった。一体どういうことなのだろう。取り敢えず念のため医者に行ってみることにした。

ドクターによると私はどうも細菌性の食中毒に中っていたらしい。イモジウムというのはアメリカの薬で痛み止めと細菌を死滅させる効果があるそうだ。また排尿や排便増加で細菌を体外へ出してしまうことも重要で、ゲータレードは利尿薬の代わりになるということだった。ドクターは整腸剤としてビオフェルミンを薬局で貰うよう私に指示すると「君の恋人は今回は冷静に正しい判断をした。しかし素人の判断は危険だよ。鵜呑みにしないように!」と言った。

この事件を通して「風土病に対してはその土地の治療を施せ」と感じた。そしてその情報は土地の人の経験や知恵によってもたらされる。バックパッカーにとって海外旅行傷害保険は必須だ。しかし、それを入手したからと言って安心は出来ない。酷い状態になった時に必ずしも医者が近くにいるとは限らないのだから。期せずして私は女性の機転の良さに助けられた。しかし、もしこれが違う病気で、間違った治療の指示であったら、私はあっさりと命を落としていたかもしれない。つまり海外では「正しい情報を手に入れる術を身につけること」が最重要であるということである。海外での危険とはテロや紛争だけではない。「病気」という要素があることを忘れてはならない。

<終わり>

image.jpeg
ラベル:フィリピン
posted by ランボルギーニ・タコラ at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする