2017年08月03日

アメリカの思い出1

アメリカでの思い出についてです。数回に分けてお話したいと思います。

私は映画が好きで、とにかく暇さえあれば映画館へ通っていました。学生時代にはレンタルビデオ店でアルバイトをしていましたが、それは無料で幾らでも映画を借りれたからです。そして東京福生の横田基地でアルバイトを始めたのも、元はと言えば基地内映画館の鑑賞料が2ドルだったからです。余談ですが、差額は日本の税金で賄われています。これあんまり知られていません。

そんな訳で必然的にアメリカ映画ばかりを観ることになり、次第にアメリカへの憧れを募らせていきました。非番の兵士達から聞く本国の話も刺激的でした。ロックやラップの歌詞からも多分に影響を受けました。いつかはアメリカで暮らしてみたい、そう思うようになったのです。

それから10年以上の時を経て、私はLAに移住しました。勿論なんの伝もないオリエントボーイにまともな仕事はありません。それでも何とかカリフォルニアディズニーランドでの案内係のアルバイトに就くことが出来ました。日本人ツアー客への案内やパレードの山車の運転、イベントの装飾、ありとあらゆる事をやらされました。毎日結構な拘束時間でしたが、若さ故かそんなことが楽しかったので苦にはなりませんでした。

ディズニーランドにはアトラクションのあちらこちらに秘密の従業員通路があります。ある日、白人の上司がそこから出てきて私を中へと呼びました。そしてモニター室へと連れて行きました。「おい、三番のモニターにコジキが映ってるだろ。フェンスの外から中に向かって何か叫んでる。お客の迷惑だから直ぐに排除しろ。やり方はお前に任せる!」と言われました。その日以来、私は害虫駆除係に任命されたのでした。

害虫はほぼ毎日のようにやって来ました。しかし、彼等は切実でした。「失業してもう数日間なにも口にしてないんだ。期限切れのパンを分けてくれないか?頼むよ!」。私は言葉を失いました。あの夢にまで観たロサンジェルス、しかも夢の国であるはずのディズニーランドで、何か異変が起きている。しかも一度や二度じゃない。一体どうなっているんだ?!それがアメリカの病んだ社会構造に気が付いたきっかけでした。

続く

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ラベル:アメリカ
posted by ランボルギーニ・タコラ at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする