2017年07月21日

西貢(サイクン)の海鮮料理店

義士庵、第77回で配信しました香港は西貢(サイクン)のことを少しお話ししたいと思います。ここは九龍、大陸側の東海岸に位置する街です。香港は三つの地域に区分されています。赤のタクシーが走る香港島と九龍地区、緑のタクシーが走る新界地区、青のタクシーが走るランタオ島となっています。西貢は新界ことニューテリトリーにあります。ここは1842年に英国領植民地になりました。別名、新九龍とも言います。海鮮料理店が多くあり、魚介類を店頭の生簀から選んで購入し、レストランへ持ち込んで自分の好きな調理方法で料理して貰って食べるというスタイルが有名です。

C氏は香港はほとんど歩いたことがなく、またYONGさんも西貢に行くのは初めてということでした。バスを降りてから海岸沿いを、接岸した船の上で売られている魚介類を覗いたりして歩いて行きました。沢山ならんだレストランをぶらぶらと見て回り、さてどこが良いか?ということになった段で、私が「禿げオヤジが入っていく店が美味しいんだ!」と言ってとあるレストランに入りました。

偶然を装って入ったその店は、実はかのミシュランガイドにて海鮮料理店として唯一掲載された名店中の名店「全記海鮮菜館(Chuen Kee Seafood Restaurant)」だったのでした。ここの食材と調理は最高なんです。最初にミシュランが〜などと言ってしまうとそれで大袈裟な話になってしまい素直に料理を味わえなくなってしまいます。そこで私は敢えて二人にはこのことを告げずに店に入りました。放送では皆が「美味い!」「おいしい!」を連発していたと思います。それもそのはず!なんですね。実はこのことはここで言うのが初めてです。C氏もYONGさんも知ったらびっくりするでしょうねえ。タコラの案内する旅は一筋縄では行かないって訳です(笑)

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タグ:香港
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2017年07月20日

MONDO BY THE ROOFTOP

2016年2月1日の記事の再掲載です。

昨日は知人の誘いにのってクラブのオープニングパーティーに顔を出して来ました。オーナーは日本人の方であっという間に意気投合。物凄くディープな音楽の話で盛り上がりまくりました。なんとニッカの宮城峡を振舞って頂き、怒涛のヲタ話は更にスパーク!オーナーは私を連れて来た知人に「何この人変態だ!」と最高の褒め言葉をくれました。最後には一緒にイベントをやりましょう!と言われるまでに。

ヒップホップと言うのはラップを指す言葉じゃなくてグラフィティーやブレイクダンスなんかも含むカルチャーそのものを指すんだよね。テクノで皿回すんならコズミックジャズでハイタイムを極めたいよ。50年代のインドネシア歌謡はブッとぶぜ。壁の描きかけのグラフィティーはガルーダをモチーフにして貰うように頼んだんだよ。このバーカウンターにラバランプを置いたらchill度が激ヤバになるでしょ!

酔いと出逢いの興奮と知識の放出と新規開店の喜びと何もかもが織り混ざってジャカルタでの最高の一夜になりました。オーナーはこの店を一切宣伝するつもりは無いそうです。店の場所も本当に分かりにくいところに敢えて隠れ家として作ったと。インドネシア人の本当に音楽が好きな奴等だけが来る店にしたいと話していました。けして派手な通りでは無いところに低層ビルの屋上を選んで作られた異空間。間違いなく常連に名を連ねることになりそうです。


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2017年07月19日

爆弾テロ

2016年1月31日の記事を再掲載します。

ジャカルタでの爆弾テロ事件は記憶に新しいところだと思います。2016年1月14日に事件は発生しました。そして2週間を経た今日が1月31日です。中心部の歩行者天国には装甲車が二台待機していました。つまりこれがテロ対策なのですね…。もっとも何もしなければしなかったで与党が批判にさらされる訳で。しかし、テロは対策出来ないからテロなんですね。出来ることがあるとすれば、事前の情報収集です。例えばISや大規模な破壊集団に接触した人間がインドネシア国内に入国した、とか。そんな事から警戒をしなければなりません。

ですから本当の意味でのテロ対策と言うのは秘密裏に行われねばならない訳です。装甲車などを置いても、他の場所で実行されるだけの話なんです。つまり、テロ対策委員会設置と報道してみたり、警官を増やしてみたり、そういうのは何れにしてもテロ対策の本質からは外れています。市民に安心感を与え、現政権の安定を図る意味くらいしか無い訳です。今朝、装甲車の前で記念撮影をする人々を見てそんなことをボンヤリと感じていました。今日はいつもの平和な日曜日です。

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2017年07月18日

ジャカルタ・スラムツアー

世界銀行の調査データによると2014年のインドネシアの貧困ラインは11.3%です。貧困ラインとは世界銀行が設定する指標で、1日を1.25ドル未満で生活する貧困層のことです。世界では10億人強と言われています。インドネシア人口は2億5000万人ですので、貧困ラインは約3千万人弱となります。

インドネシアは多数の島から構成される国ですが、中でも首都圏ジャカルタを含むジャワ島には1億人がいると言われています。貧困ラインを当てはめてみると1,130万人という計算になります。しかし数字というのは捉え方によって如何様にでも解釈を変えられます。ビルゲイツが自らの慈善事業が世界的に貢献していることを伝える為に、もはや世界の貧困はなくなったとする発表をしました。しかし、実態はどうなんでしょうか。

私は2013年にジャカルタに来た際に直ぐスラムツアーに参加しました。この時に作家の嵐よういち氏も誘いました。その時のことを彼は著作"世界「誰も行かない場所」だけ紀行"に書いています。このツアーは貧困層の実態を実際に見て貰い理解してもらおうという趣旨の元に開催されています。その参加費がNGOへの寄付金となります。勿論、弱者を見世物にしているという批判があります。

しかし、自ら体験せずして語ることなど出来ないというのが私の持論です。これは見なければいけないと使命感さえ感じてツアーに参加しました。その中で最も強烈な印象を受けたのがこの写真の線路際に住む人々です。この線路は廃線ではなく実際に電車が走っています。写真を撮る間にも何度も列車が通過していきました。ここに家族が居を構えて暮らしているのです。

暫くそこにいるうちに私はあることに気が付きました。15歳以上の働き盛りの人間が全くいないのです。そしてもう一つ。この場所は風俗街で有名なKOTA地区に隣接しているということです。煌びやかなネオンの下で似合わない化粧と衣装を纏った女達を目の当たりにして来ましたが、ほぼ間違いなく彼女達はこのような地域からやってきたのでしょう。いや、もっと正しく言うならば、売られてきたのです。

拙いインドネシア語をなんとか駆使して彼女達に聞いたことをまとめると、一人の客を取って貰えるのは8万ルピアでした。今のレートでいうと720円です。そして、店からは食事代、衣装代などと様々な名目でのピンハネがされています。そして、お前は何人の客に抱かれろとノルマが課されています。これは女達が売られてきた時には全額が払われず、ノルマを達成した後で残額が支払われる仕組みが取られているからです。まさに生き地獄です。

一方男達は遠洋漁業や建設現場に駆り出されていくと聞きました。ジャカルタの繁栄を下支えしているのは彼らということです。そんな社会の語られぬ仕組みがスラムを見ることによって浮かび上がって来るわけです。このツアーには後日、丸山ゴンザレス氏も案内しました。彼はまた違った視点でスラムを捉えていたことが私には新鮮でした。世界の他のスラムと比較して悲壮感を感じない、という言葉に私はハッとさせられました。何故なら貧困層の人々にイスラム教の耐える精神が根付いている事を感じたからです。

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2017年07月17日

運転手

ジャカルタが都市化をしたのはここ10年のことだと言われています。乱立する大型ショッピングモール群。2005年頃に出来た南ジャカルタのショッピングモールCITOSは、それまでの富裕層向けの豪奢なモールとは違い庶民向けのモールということで開店時にはTV取材が行われたり、ドラマが撮影されたりと、大変な話題になりました。CITOSが出来る前までは人々の暮らしは首都圏ジャカルタといえども派手な要素はあまり無かったと聞いています。

その頃から徐々に悪化し今では世界最悪とも揶揄されるものがあります。それは渋滞です。昔はアジアの各国でも酷い渋滞がありました。バンコクやマニラなどは顕著な例でした。しかし、長い年月をかけて既にそれらはおおよそ解消されたと言って良いかと思います。ラッシュアワーはありますが、以前ほどではありません。

しかし、ジャカルタは今が旬なのです。今こそがバブル時代なのです。窓の外を見回すと建設工事を行っていないエリアが全くないほど街は活況を呈しています。何十年も前に新宿高層ビル群が建設中であった頃の風景が頭を過ぎります。細い路地を見ても次々に新しいレストランやバー、様々なショップが開店し続けています。

さてそんなジャカルタで私は車通勤をしています。但し、自分では運転していません。お抱えの運転手がいます。こう言うと聞こえはいいのですが、実はそうせざるを得ない二つの理由があります。まず、恐ろしい渋滞と最悪のマナーによって交通事故に遭う危険性が非常に高いということ。そして、もし事故を起こして人を轢いてしまったら、外国人はどんなに相手に非があろうとも絶対に裁判では勝てないということです。

運転手がインドネシア人であれば、そこまで酷い判決にはなりません。ところが外国人が加害者となるとほぼ漏れなく示談が行われます。そして殆どの場合において恐ろしく巨額の請求を受けることになります。裁判官は被害者とグルです。もし示談が不成立となると、無期懲役もあり得ます。更には公開鞭打ち刑もあり得ます。司法判断は裁判官の想い次第でどうにでも転がります。

運転手がいる生活とは決して豪華な暮らしぶりを表しているのでは無く、そこまでして身を守らねばならないという不安定な社会の一端を表しているということなのです。このような日本では考えられないような出費が発生します。早く鉄道網が拡充されることを願って止みません。

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タグ:面白い話
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